15th October Needing calmness

怒涛のような日々を消化するのに精一杯になっていたら、いつのまにか晩秋になっていた。

外に出ればひんやりとした空気が細胞を刺してくる。

私が一度に体験したものすごい密度の日々を表すかのように、木々もまた、一瞬の速さで多量の葉を落としてしまった。

 

そして風邪をひいた。だんだんと年をとるにつれて風邪の深刻さ、辛さが増している気がする。

一人で治さなければいけないこの状況で頼れるものは日本から持参した薬のみ。どうしたら良いかわからない朦朧とした状況で、ひたすら寝て、ひたすら食べて、体で咳をする。痛烈な喉の感覚がまだ私は肉体なのだと思い出させる。

 

2日前までベルリンにいた。私らしくない、いや私らしいハプニングを犯してしまったのもあったし、毎日全力で楽しんだ。全力で悔しくなった。風邪になった。全力で疾走しすぎてしまったようだ。でも、今私は全部出さないで、いつ全力になったら良いんだ。

 

生きていると、自分が無くなりそうになる。

友人が11月にノルウェーにくるので、その対応をしなければいけないのだが、友人は自分の観光のことで頭がいっぱいなようで、私はツアーガイドなのだろうかという気にもなってくる。私が私でいる必要はあるのだろうか。それは私である必要があるのだろうか、と。勿論、わざわざ旅行しにきてくれるのはとても有難いことだ。最近は、自分が上手く人の人生の中で利用されている気しかしなくなっている。そんな懐疑的な見方をする自分がものすごく嫌で、でもその感覚は拭うことはできないままだ。そんな人間関係とはおさらばしたいし、この先もそんな人間関係は避けて生きたいものだ。

 

それぞれの時間を、それぞれが一生懸命過ごしていて、時々周りが見えなくなってしまう。私の周りに余裕のある人はいる気がしない。みんな頑張って生きている。自分のように余裕がないと分かっているからこそ、相手に頼ることも難しいと感じる。なかなか相談なんてできやしない。ずっと悶々としたままだ。

 

日々を過ごすのにいっぱいいっぱいになっていたら周囲の要望に合わせすぎていた。それはきっと自分のビジョンがノルウェーでしっかりないからだ。私がやりたいことはなんなのか、集中して見ていたい目標やビジョンは何なのか、冷静になって見極めなければ、このまま流されていってしまう危機感を覚えている。本当に私はそれがやりたいのか、ちゃんと答えを出さなければいけない。